人生をハードボイルドに生きるブログ
ある熱き営業マンの早すぎる死
先日、40代半ばにして身罷った一人の営業マンのお別れ会に参加した。クモ膜下失血だったという。
30代半ばに転職し、彼は二つの会社で、営業職としてキャリアを全うした。
彼は猛烈に働き、実績を残した。
いっぽう彼は、家庭を非常に大事にした。
彼が倒れたのは、単身赴任先から家族のいる土地に戻ることになったという電話をした直後のことだったという。
遠隔地の赴任先で起きた突然の出来事だったため、密葬となった。
そして、3カ月近くたったその日に、転職する前に勤めていた会社の元同僚たち有志が東京で会を催したのだ。
学生時代からの彼の友人、転職後の職場関係者もあわせて、108人が集まった。
彼の学生時代からの友人Aは、彼が、みんなを大事にしたのに、自分をもっと大事にしなかったから、こうなったのだと彼を責めた。
友人Bは、祭壇に飾られた笑顔の遺影を見ながら、いつも周囲を楽しくさせる才能のあった彼だが、自分は奥さんには見せられないような楽しすぎる写真をもっているとばらした。
死んだ彼にたいしても、友人たちは友人らしいきつい表現を使って彼のことを手荒く落としたりもする。だが、ようするに「俺はおまえを愛していた。いや、いまでも愛している」といっているのだった。
そして、徐々に、そこにいた人々が、それぞれに自分の知らなかった部分が埋め合わされて、彼の人生の全体像が浮かびあがっていった。
彼の人生が素晴らしいものだったということは明らかだった。
ただ、普通よりずっと早く、家族を残して不意の死を遂げたという悲しみのなかで、そう思っていいものかどうか、誰もが迷っていた。

E-620
2時間あまりの会の最後に、元同僚だった司会役の友人が、彼の奥さんからの手紙を読みあげた。
それは、長く美しく、そして悲しい手紙だった。
30分近い朗読だった。
天井も高く、大きな空間のある会場に、悲しみがあふれた。
だが、同時に、じつにうらやましい家族のありようが、伝わってきた。
元同僚の男が、嗚咽がとまらず、大きな柱にすがって震える身体を何とか支えている。
70歳になる彼の元上司が、「俺の家庭はこんなに幸せじゃないぞ」と独りごちる。
手紙を読む司会者も、途中から涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
全員が目を伏せ、その手紙にイメージを喚起され、泣きながら自分と向き合っているようだった。
108人の肩が震えていた。
最後の最後に、中学生の長男がお礼の言葉を述べた。
長男は、家族が並んで参加者を迎えるとき、一人ひとりの目をみて、しっかり挨拶していた。
長男は母親と妹を支えていくことだろう。そして、おそらく父親のような人物になっていけるだろう。
故人が好きだったというせんべいを手にして、私はいつもの道を、とぼとぼと歩いた。
悲しみとともに、救いがあったと私は思った。
いい人生を生きた男がいた。
集まったものたちは、それを知り、共有した。
何かを学び、自分のなかの何かが変化した。
悲しいのに、生まれる納得感。
つらいのに、湧いてくる感謝の気持ち。
家族の気持ちはそれとは違ったものだろう。
だが、悲しみの縁に、誇りを見つけることはできたのではないか。
私はそう思いたかった。
30代半ばに転職し、彼は二つの会社で、営業職としてキャリアを全うした。
彼は猛烈に働き、実績を残した。
いっぽう彼は、家庭を非常に大事にした。
彼が倒れたのは、単身赴任先から家族のいる土地に戻ることになったという電話をした直後のことだったという。
遠隔地の赴任先で起きた突然の出来事だったため、密葬となった。
そして、3カ月近くたったその日に、転職する前に勤めていた会社の元同僚たち有志が東京で会を催したのだ。
学生時代からの彼の友人、転職後の職場関係者もあわせて、108人が集まった。
彼の学生時代からの友人Aは、彼が、みんなを大事にしたのに、自分をもっと大事にしなかったから、こうなったのだと彼を責めた。
友人Bは、祭壇に飾られた笑顔の遺影を見ながら、いつも周囲を楽しくさせる才能のあった彼だが、自分は奥さんには見せられないような楽しすぎる写真をもっているとばらした。
死んだ彼にたいしても、友人たちは友人らしいきつい表現を使って彼のことを手荒く落としたりもする。だが、ようするに「俺はおまえを愛していた。いや、いまでも愛している」といっているのだった。
そして、徐々に、そこにいた人々が、それぞれに自分の知らなかった部分が埋め合わされて、彼の人生の全体像が浮かびあがっていった。
彼の人生が素晴らしいものだったということは明らかだった。
ただ、普通よりずっと早く、家族を残して不意の死を遂げたという悲しみのなかで、そう思っていいものかどうか、誰もが迷っていた。

E-620
2時間あまりの会の最後に、元同僚だった司会役の友人が、彼の奥さんからの手紙を読みあげた。
それは、長く美しく、そして悲しい手紙だった。
30分近い朗読だった。
天井も高く、大きな空間のある会場に、悲しみがあふれた。
だが、同時に、じつにうらやましい家族のありようが、伝わってきた。
元同僚の男が、嗚咽がとまらず、大きな柱にすがって震える身体を何とか支えている。
70歳になる彼の元上司が、「俺の家庭はこんなに幸せじゃないぞ」と独りごちる。
手紙を読む司会者も、途中から涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
全員が目を伏せ、その手紙にイメージを喚起され、泣きながら自分と向き合っているようだった。
108人の肩が震えていた。
最後の最後に、中学生の長男がお礼の言葉を述べた。
長男は、家族が並んで参加者を迎えるとき、一人ひとりの目をみて、しっかり挨拶していた。
長男は母親と妹を支えていくことだろう。そして、おそらく父親のような人物になっていけるだろう。
故人が好きだったというせんべいを手にして、私はいつもの道を、とぼとぼと歩いた。
悲しみとともに、救いがあったと私は思った。
いい人生を生きた男がいた。
集まったものたちは、それを知り、共有した。
何かを学び、自分のなかの何かが変化した。
悲しいのに、生まれる納得感。
つらいのに、湧いてくる感謝の気持ち。
家族の気持ちはそれとは違ったものだろう。
だが、悲しみの縁に、誇りを見つけることはできたのではないか。
私はそう思いたかった。
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